実質実効為替レートで“過度の円安”ってホント? 2014/11/04



 「異次元緩和による行き過ぎた円安が日本経済を痛めつけている。これが株価下落の原因だ!」といった主張を散見するようになりました。円安の論拠としては「実質実効為替レートで見ると、現在の為替レートは1985年プラザ合意前の円安水準と同じ」ということもよく指摘されます。
 しかし、数字の魔術師のような面々が“実質(Real)”で“実効”(Effective)で、いかにも「本当に意味がある数値はこれ」と示唆するときほど怪しいことはありません。
 そこで、多くの方が引用する国際決済銀行(BIS)の元データをよくよく調べてみると、違った結論が見えてきました。

■今は円高?円安?

 図1は1985年からのドル円相場と日本円の実質実効レートです。

図1

 ドル円相場(赤実線、右軸)は、1985年9月のプラザ合意から一気に円高が進み、1ドル250円台だったドル円相場が2年後の1987年には120円台にまで急騰しました。その後は大きな振幅はありますが、円高米ドル安の長期トレンドは続いているように見えます。
 一方、理論的には「インフレ率が高い国の通貨は、インフレ率が低い国通貨よりも安くなるべき」という考え方があり、これを修正したものが実質レートと呼ばれます。ちょうど名目GDPと物価を修正した実質GDPのようなものです。これに従うなら、デフレが長い日本の円と緩やかなインフレ期間が長い米ドルでは、理論的にはインフレ率は円高になるべきで、同じ為替レートのままなら“実質的には円安”となります。
 また、米ドルだけに対する強弱ではなく、他の通貨に対して総合的にどうなったか見るために、貿易量などで調整した数値が実効レートです。そして、この二つの調整を同時に行ったものが、「実質実効レート」(図1の青実線)です。これをみれば、日本円という通貨の価値が高くなったのか、安くなったのかが分かるとされています。
 その「日本円の実質実効レート」をみると、驚くべき事に現在の水準は、1985年のプラザ合意以前の“円が極めて割安だった”とされる時期と同程度です。このため、「日本円はすでに過度に割安である。だから、これ以上の円安は日本経済にメリットはないし、近いうちに大幅に円高に戻るはずだ」という主張が出るという訳です。

■実質実効為替レートは相対的な国の隆盛を示すだけ?

 “〇〇〇調整金”というような経費は不正支出の温床であることが多いように、“実質”や“実効”とついた数字は、計測期間・計測対象・計算方法によって大きく結果が変ってきます。例えば、“実質レート”を算出する際に用いられるインフレ率といっても国ごとに物価体系は違いますし、それが特定の産業や企業の競争力に影響する程度は一様ではありません。また、実効レートを計算するときは、対象とする国をどこにするか、貿易量全体を見るBIS方式か、輸出だけを見る日銀法式かでも各国通貨のウェイトが大きく異なってきます。また、BISが発表する実質実効レートには対象国を絞ったNarrow Baseのものと、より多くの国々の通貨との関係を調べてあるBroad Baseがあります。
 図2は長期間のデータが取れる対象国を絞ったNarrow Baseの主要通貨の実質実効レートです。これを見ると、確かに日本円(紫線)は1985年ぐらいの水準に戻っていますが、「ここ50年間は日本円の上昇が飛びぬけて大きく、それが1995年をピークにやや落ちてだけ」ともいえます。また、韓国ウォン(水色線)は依然として規制通貨ですが、1964年に比べても大幅に安い水準に据え置かれている事が分かります。、米ドルは長期的に相対的な通貨価値が落ちていますが、スイスフランやユーロはジリジリ強くなっていると言えます。豪ドルは長期間低迷していましたが、近年資源価格上昇で盛り返し、通貨価値も上がってきたようです。

図2

 また、より多くの国々の通貨を対象に算出したBroad Baseの実質実効為替レートで、日本との関係が深そうな国の通貨を示したのが図3です。

図3

 このデータは1994年以降分しかないのですが、図2同様に日本円が1995年をピークに通貨の価値が落ち続けていることはよく分かります。では、通貨価値を大きく上げているところはどこかというと、ロシアルーブル、中国人民元、豪ドル、UAEディルハム、シンガポールドル、ブラジルレアルです。また、先進国通貨は日本ほどではないものの押しなべて低迷しています。結局のところ、実質実効為替レートが上昇しているのは成長著しいBRICsを始めとする新興国と資源国です。端的に言えば国力の隆盛を示しているとも言えます。とすれば、低成長、少子高齢化に悩む日本の通貨の価値が1995年以降相対的落ちているとは言えても、「今後日本円は諸通貨に対して戻るはず」や「ドル円レートは行き過ぎ」とは言えません。

■投資に活かす使い分け

 数年程度の為替変動を考えるなら、実質実効レートの変動に惑わされることなく、対米ドルで上がっているか下がっているかだけを見たほうが良さそうです(図4)。これなら、リーマンショックで韓国ウォン、英ポンドは通貨安を実現して現在も相当低水準にあること、豪ドルはリーマンショック後の下げもその後の上げも大きいこと、人民元が一貫して上昇していること、2009年から2012年半ばまでの日本円は強過ぎた事が見て取れます。実際、ハイパーインフレにでもならない限り、企業会計、借入金、経費は名目為替レートがしっくり来ます。
 また、日本企業との競合が多い国の通貨である韓国ウォン、ユーロ、英ポンドが日本円に比べて対米ドルで安いままなので、円安米ドル高にもかかわらず、日本からの輸出が伸びにくい理由の一つとなっていることが分かります。

図4

 一方、長期的な為替ポジションや、現地でのビジネスを考えるなら、“相対的に伸長する国の通貨は強くなる”、“通貨価値の変動が激しいクセのある通貨がある”ことを裏付けるものとしてであれば、各国の実質実効為替レートを使うことが有効と考えられます。

(念のため付言しますと、上記は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。)
eワラント証券 チーフ・オペレーティング・オフィサー 土居雅紹(どい まさつぐ)