トランプの本格的な軍事介入に備え、ブッシュの戦争を振り返る 2017/02/27



 トランプ大統領は大統領令においてイラクとシリアに展開しているイスラム国の掃討計画を国防長官に命じており、トランプ大統領がイスラム国に対して地上軍を派遣して本格的な軍事行動に出てくる可能性が高まっています。このような万が一の事態に備えて、過去の事例を確認しておくことは有益かもしれません。米国が地上軍を派遣した直近の戦争として2003年のイラク戦争が挙げられます。本稿ではイラク戦争前後数年の株式市場等について振り返ると共に、トランプ大統領が本格的に中東に軍事介入した場合のシナリオを紹介しています。

■イラク戦争前後の株式市場の動き

 図1は日経平均株価とダウ・ジョーンズ工業株価平均の推移を2002年末から2004年末まで見たものです。当時の状況を振り返ると、米国の経済状況は1990年代の株価上昇から2000年に株価が下落に転じ、2001年ごろになると失業率が上昇するなど実体経済においても景気後退を感じ始めたころです。そんな中2001年9月11日に米国同時多発テロが生じて一時的に株価は大きく下落しました。テロの首謀者とされるウサマ・ビンラディンの引渡しをアフガニスタンを支配するタリバーンが拒否したことを受け、同年10月7日、当時の米国大統領、ジョージ・W・ブッシュ大統領は英国とともにアフガニスタンに対する空爆を開始しました。2001年12月7日にはタリバーンがカンダハールの最後拠点を放棄し、アフガニスタン紛争は区切りを迎えましたが、翌年の2002年1月29日にブッシュ大統領が議会向けの一般教書演説において北朝鮮、イラン、イラクの三カ国を「悪の枢軸」と非難し、当時フセイン大統領政権下にあったイラクに対する戦争の開戦が意識されるようになりました。

 2003年3月17日に米国が先制攻撃としてイラクに空爆を行いました。ブッシュ大統領はイラクに対して最後通告を行い、同月19日には米英などが「イラクの自由作戦」と称してイラクへの侵攻を開始しました。2003年5月1日にブッシュ大統領は早々に大規模戦闘終結宣言を出しましたが、アフガニスタン同様、イラクでの戦闘はフセイン政権を崩壊させた後も断続的に発生しました。イラクでは治安の悪化が深刻化し、新しくできた政権も安定しているとは言い難い状況のままです。米国はイラクからの撤退を幾度となく試みていますがいまだに完全に撤退はできておらず、その間にイスラム国が勢力を拡大するなどして現在に至っています。

図1:日経平均株価、NYダウ、米ドル円相場

 株式市場は9・11テロで大きく下落しましたが、2002年の前半までは反発トレンドが続きました。これは米国において住宅市況の活況が続いたことや、自動車メーカーがテロで落ち込んだ消費マインドを押し上げるために積極的な販売奨励策をとったためだと考えられます。しかし、米国の新車販売台数は販売奨励策の甲斐なく2002年から2003年と減少を続け、株価も2002年後半から失速しています。背景として、2001年12月2日に巨額の不正会計問題を起こしたエネルギー大手エンロンが破綻したことや、2002年7月には長距離通信大手ワールドコムが粉飾決算の発覚をきっかけに破綻したことで、投資家の間で企業会計に対する不信感があったことも挙げられます。失業率の上昇(2001年末5.7%→2002年末6.0%)も消費マインドを冷やし、株安に影響したものと考えられます。

 その後、ダウ・ジョーンズ工業株価平均は米英などがイラク侵攻を始めた2003年3月が底となりました。これは侵攻前から戦闘は数カ月の短期決戦となることが予想されていたためで、いざ戦闘が始まると企業や家計のマインド悪化も改善に向かったことや、戦闘により将来のテロ発生が抑止されることへの期待や、防衛予算の拡大によるGDP押し上げ期待などがありました。さらにブッシュ大統領は2003年1月に減税政策として2001年に決定した減税措置の前倒しと配当・キャピタルゲイン税率の引き下げなどの減税策を明らかにしたことも株価上昇の追い風となったものと考えられます。

■金・原油・円相場の動き

 有事で買われる資産といえば金です。また、中東情勢と関連が強いのは原油相場です。この二つの相場についてもイラク戦争前後の相場を見てみます。図2は金先物の推移です。米ドル建ての1オンスあたりで表示しています。2000年末から2004年末は250ドルから450ドルの価格帯となっていましたが、現在の金1オンス当たりの相場は1,200ドル前後であるのと比べると隔世の感があります。金は世界の物価指標と見ることもできますので、日本がデフレにある中で世界ではインフレが進んでいたとも言えそうです。さて、金相場は米国で発生した同時多発テロで一時的に急騰しましたがその後は落ち着き、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言で開戦が意識されると上昇局面に入りました。開戦が意識された2003年に入ってからは調整局面に入りましたが、2003年5月の大規模戦闘終結宣言にも関わらずイラク情勢が混沌としていたことから金相場は再び上昇に転じています。

図2:日経平均株価の週刊変動率の累積度数分布

 図3はWTI原油先物相場の推移です。原油相場もブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言をきっかけに中東情勢の緊迫化が意識されて上昇局面に入りましたが、戦闘開始による供給減少を見込んだ買いが進んだ反動でしょうか、2003年3月の開戦で急落しています。その後は景気回復局面に合わせて需要が回復したことなどを受けて上昇相場に転じています。

図3:WTI原油先物相場

 図4は米ドル対円相場の推移です。金相場や原油相場と同様にブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言をきっかけに中東から地理的に遠く、安全資産とみなされた円が対米ドルで上昇していることが分かります。135円付近から115円付近まで円高が進んでおり、図1にあるように日本株の下落の一因となりました。金相場や原油相場と同様に2003年3月の開戦で一旦円安となりましたが、その後も円高トレンドは変わらず、2004年末には105円を割る水準まで円高が続きました。ブッシュ減税による米国の財政悪化懸念から米ドルが売られたことも影響していたかもしれません。

図4:米ドル対円相場

■トランプ大統領が戦争を始めたら?

 トランプ大統領はその大統領令等でイラクとシリアのイスラム国(IS)を掃討し、テロから米国を守ると表明しています。国防長官に対してイスラム国(IS)掃討作戦の計画の提示を指示していたり、サウジアラビアと、シリアとイエメンでの安全地帯設置を支援することで合意しています。安全地帯の設置は地上軍投入の布石とも考えられます。

 2003年のイラク戦争と状況が異なっているのは、開戦の予告とも言える2002年1月のブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言の以前から米国は景気後退期にあったことです。現在の米国景気はダウ・ジョーンズ工業株価平均が高値更新をしているように、景気後退期には入っていないものと考えられます。ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言は株式市場にとっては一つの売り材料でしたが、景気後退の影響の方が大きかったものと思われます。この前例を踏まえればトランプ大統領が開戦を予告する議会演説を行っても株価への影響は小さいかもしれません。しかし、開戦を控えて新たなテロ発生のリスクが高まると企業・消費者のマインド悪化は避けられず、高値から一気に株安に転換する要因となる可能性も捨て切れません。

 一方で有事で買われる金相場はトランプ大統領が開戦を予告する議会演説があれば、実際に開戦するまで上昇トレンドを維持するかもしれません。開戦と共に一旦利益確定の売りに押されるでしょうが、アフガニスタン、イラン、リビアのように戦闘後の混乱情況が続くことを想定するなら長期的な上昇トレンドになるかもしれません。また、中東有事においては距離的に遠く、政権が安定している日本円が買われる可能性もあるでしょう。円高となれば米国株よりも日本株の下落の方が大きいものになると考えられます。また、原油相場に関しては米国が一大生産国となっているため当時と状況が異なっており、戦闘にともなう原油需要が生じれば米国のシェール企業が増産に動くので大幅な相場上昇は見込みにくく、原油相場への影響はあまりないかもしれません。

 以上のシナリオを仮定し、開戦に備えて資産を守る対策を考えるのであれば、例えば次の方法が挙げられます。

[例1]トランプ大統領が開戦を予告する議会演説をしたら、数カ月から半年ほどの相場下落に備えます。

  • 権利行使価格が高く、満期までの期間が長い日経平均プットを数カ月保有する。
  • 権利行使価格が低く、満期までの期間が長い金リンク債コールまたは金リンク債プラス5倍トラッカーを数カ月保有する。
  • 権利行使価格が高く、満期までの期間が長い米ドルリンク債プットを数カ月保有する。

[例2]米国が実際に戦闘を始めたら、短期的な相場の反転に備えます。

  • 権利行使価格が相場水準に近く、満期日まで1ヵ月を切っている日経平均コールを満期保有する。
  • 権利行使価格が相場水準に近く、満期日まで1ヵ月を切っている金ドルリンク債プットを満期保有する。
  • 権利行使価格が相場水準に近く、満期日まで1ヵ月を切っている米ドルリンク債コールを満期保有する。

(eワラント証券 投資情報室長 小野田 慎)
※本稿は筆者の個人的な見解であり、eワラント証券の見解ではありません。本稿の内容は将来の投資成果を保証するものではありません。投資判断は自己責任でお願いします。